福岡地方裁判所 平成11年(ワ)2579号 判決 2000年9月25日
原告
城台哲
右訴訟代理人弁護士
平田広志
同
山本一行
同
諌山博
同
小島肇
同
椛島敏雅
同
小澤清實
同
梶原恒夫
同
深堀寿美
同
武藤糾明
同
稲尾吉茂
被告
株式会社日創
右代表者代表取締役
前田美音子
右訴訟代理人弁護士
林正孝
主文
一 被告は、原告に対し、金九〇万円及びこれに対する平成一〇年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、負債整理を受任した弁護士である原告が、被告(旧商号・株式会社西日本相互産業)の従業員によって弁護士業務を妨害されたと主張して、被告に対し、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として、各不法行為につき四五万円ずつの慰謝料及び遅延損害金を請求している事案である。
一 争いのない事実等
1 弁護士である原告は、丸田○○(以下「丸田」という。)から負債整理を受任し、平成九年一一月五日、丸田の債権者の一人で貸金業者である被告に負債整理の受任通知書を送付し、丸田に対する個別請求や取立て等を差し控えるように要求した。(乙六の3)。
2 原告は、夫の債務を相続した森××(以下「森」という。)から負債整理を受任し、平成一〇年二月二三日、債権者の一人である被告に負債整理の受任通知書を送付した(甲二七)。
3 被告は、平成一二年二月二二日、貸金業者の登録を取り消された(甲二五)。
二 争点
1 弁護士業務(任意整理)の保護法益
2 不法行為(使用者責任)の成否
三 原告の主張
1 負債の任意整理を受任した弁護士(以下「受任弁護士」という。)は、依頼者が債権者による直接取立てから解放されるように努力すべき職責を有しており、債権者である貸金業者に対し、右職務の遂行を妨害されないという固有の法的利益を有している。
2 被告の従業員は、次のとおり、直接依頼者に対し取立行為を行ったばかりか、これを叱責する原告に脅迫まがいの言葉を弄して、原告を威嚇した。
(一) 被告の氏名不詳の従業員(以下「不詳従業員」という。)は、原告の受任通知書送付後も、丸田の自宅に押しかけて入り込み、相保証人の所在を詰問した上、その後、相保証人を同道して再度丸田の自宅を訪れ、同人の面前で相保証人を激しい剣幕で罵り、丸田をおびえさせた。丸田は助けを求めて原告に電話したので、原告が不詳従業員に対し早急に退去するよう電話で要求したところ、不詳従業員は、「ふざけるな。馬鹿野郎。」「金を払うまで出ていかん。」などとすごんで、暴力団特有の言葉遣いで原告を怒鳴りつけた。
(二) 被告の従業員である甲野太郎(以下「甲野」という。)は、原告の受任通知書送付後も、弁護士に依頼したことを理由に森を脅し、執拗に電話をかけ続け、直接交渉を迫った。また、甲野又は同じく被告の従業員である乙山次郎(以下「乙山」という。)は、借入返済明細書の交付を電話で要求した原告に対し、提出を拒絶し、暴力団員的口調で原告を脅かした。さらに、乙山は、森の義母の自宅まで押しかけ、原告の承諾を得たとの虚偽の事実を告げ、同女から貸金を回収しようと企てた。
四 被告の主張
1 丸田については、原告の受任通知から整理の方針が明らかにされるまで二〇か月の長期間を要し、被告の従業員が直接請求したのは、その間に一度のみである。被告の従業員が丸田の自宅に行ったのは、受任通知書が被告に到達する前であった。
2 森については、原告が債務整理の方針を示さないので、乙山は、繰り返し原告に電話した。しかし、方針が示されなかったので、乙山は、平成一〇年六月頃、電話で原告に対し、方針が示されないなら直接取立てをせざるを得ない旨確認した。原告が投げやりな口調で「行くなら行けばよい。」と告げたので、乙山は、森の自宅に行った。
第三 判断
一 証拠(甲三四、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、受任弁護士が通常行う業務の態様などは、次のとおりであることが認められる。
1 受任弁護士は、通常十数名の債権者に通知を出し、受任の事実を知らせるとともに、貸付けと弁済の明細を最初の貸付けにさかのぼって報告してもらうこと、本人や家族への直接交渉をしないことを要求する。
2 大蔵省銀行局等の監督官庁の行政指導により、貸金業者が、債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知、又は、調停その他裁判手続をとったことの通知を受けた後に、正当な理由なく支払請求をすることは、規制されているので、大多数の貸金業者は、受任弁護士からの通知受領後の取立てを差し控える。しかし、一部の業者は、通知を無視して、直接債務者と交渉しようとする。
3 債務者は、貸金業者からの執拗な取立てのために不安な生活をしいられていたので、受任弁護士から、以後直接取立てがなくなると説明されると、生活の安全を取り戻すことができるのとの期待を抱き、受任弁護士を信頼する。
4 受任弁護士は、過去の貸付けと弁済を法的に検討することにより、正確な債務残高を確認した上で、貸金業者との交渉に臨もうとするが、一部の業者は、資料提供に消極的である。
5 受任弁護士に対しては、受任直後から、貸金業者による頻繁な照会や暴力的言動がなされるので、受任弁護士には、萎縮効果を克服する強い意思が要求される。
二 弁護士法一条一項は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」と定め、同条二項は、「弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」と定めている。右によれば、弁護士は、依頼者の正当な利益を実現するように誠実に職務を行うべき義務を負うとともに、個別の受任職務の適正な遂行を通じて社会正義の実現に努めるべき義務を負うものと解される。
ところで、受任弁護士は、委任者である債務者との関係では、貸金業者の取立てを中止させ、債務者に平安な生活を取り戻させることにより、更生へ向けての意欲を涵養するための信頼関係を構築するのであるが、受任弁護士の活動は、それに止まらず、社会との関係では、社会問題となっている多重債務者問題を個別的に法的ルールに則って解決することにより、委任者以外の潜在的多重債務者についても悲惨な結果を防ぐという効果をもたらすものであるから、受任弁護士の活動は、公益的意義をも有するのである。したがって、貸金業者による直接取立ての中止は、受任弁護士にとって、単に委任者との信頼関係の維持に止まらず、弁護士としての重い社会的責務を果たすための不可欠の要件であって、換言すれば、受任弁護士は、直接取立てが行われないことにより職務を円滑に遂行することができるという法的利益を有しており、貸金業者は、右利益を侵害しないように配慮すべき義務を負っているというべきである。
三 証拠(甲一、二三、二六、三四、原告本人)によると、第二の三の2記載の事実を全部認めることができるところ、被告の従業員の行為は、それぞれ被告の事業の執行に付き原告に対しなされた故意の違法な行為であって、原告の受任弁護士としての法的利益を侵害したものであるから、被告は、使用者責任を負うものである。被告が原告に賠償すべき慰謝料としては、各不法行為につき四五万円とするのが相当である。
四 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官・古賀寛)